※ラストのネタバレをするので知りたくない人は読まないでください
ナウシカという漫画を読んでから、はや20年
今になって気が付いちゃったんです
ナウシカを語る上で良く『母性』という言葉が使われるじゃないですか
それについてはちゅねも受け入れてきました
そんでもって、あまりにもナウシカが神的に扱われることに忌々しいとまで感じていました
なによりも気に入らないのは、ラストでアスベルとくっつかないことです
そんなにもナウシカを聖母にしたいのかと
でもね、蟲のため腐海のため人のために駆けずり回り、その果てにアスベルにフラれたナウシカ、と要約してみて、はたと気づきました
宮崎駿は、家庭を顧みず仕事一筋に素晴らしいアニメを世に出してきました
そういう自分を見捨てないでいてくれた奥さんに対して、ひとえに理解があったから、ありがたい、感謝しかないと言っていたんですよ
愛想をつかされても致し方なし、ということを自覚しているんです
これをナウシカでやりやがったんですよ
ナウシカに込められているものは『母性』なんかじゃない
『家庭を顧みない父親』というものだったんですよ
完全に騙されてました
ナウシカは一途にアスベルを想い続けたものの、ほんとにただ想い続けただけ、アスベルを放っておきました
というか、それどころじゃなかったんですよ、仕事が忙しくて
男はそばに居る女を好きになるという宮崎駿論だと、アスベルはナウシカがそばに居ればそういう関係に発展していた可能性はあったのかもしれないけど、いなかったから他の子と愛を育んじゃった
何が言いたいかというと
『家庭を顧みない父親』の成れの果てを女キャラでやるなよ……、ということです(-_-;)
やるなら男キャラでやってくれ
何よりもアシタカがいただろうに
ふざけんな
まあ、アシタカはアスベルなんだろうね
わざわざ声優まで同じにしてるし
だからこその『風立ちぬ』だったのだろうけど、生ぬるいわ!
男キャラはもっと惨めな想いをしろ
あと、女キャラはもっと浮気であれ!
あ、ジーナがいたか、そういえば
ジーナは良いキャラだったね(^^;)
なぜ女は一途なのかという偏見に満ちた考察は、上手にまとめられたらいつか書きたい……